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2015年1月5日(月)に 愛知教育大学学術情報リポジトリ は正式公開6周年を迎えることができました。 日頃より,リポジトリをご支援くださっている皆様に心より御礼申し上げます。 正式公開6周年記念として,本学の附属図書館長であり,また本学の副学長でもある西宮先生にインタビューを行いました。


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↑附属図書館長 西宮先生


西宮先生プロフィールは
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研究者総覧(日本語)




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↑インタビューの様子です





















































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↑インタビューに出てくる井ヶ谷の窯跡から発掘された土器です (愛知教育大学史学選修所蔵,附属図書館ロビーにて展示)

西宮先生インタビュー  2015年2月12日(木)
                     於:附属図書館事務室

■ 研究分野について

インタビュアー: 先生の研究分野と選んだ理由について教えてください。

西宮先生: 日本古代史の飛鳥・奈良から平安初期を中心に研究しています。 古いところでは神話の研究も少し行っています。この分野を選んだ理由には, 古代史の舞台である奈良県で生まれ育ったことが大きいです。

インタビュアー: 小さいころから古代史に興味があったのですか

西宮先生: 歴史物は好きで,古代史だけでなく,日本の歴史の子ども向けの本など, 当時の概説書を読みあさっていました。 また,石舞台古墳や三角縁神獣鏡(さんかくぶちしんじゅうきょう)などがたくさん出た黒塚古墳などを, 小さいときから遊び場にしているような環境でした。 最終的に大学の専門にはいると研究の対象を一つの時代に決めなくてはならず, どの時代を選ぶかは人それぞれなのですが,私は卒論を書く段階で飛鳥・奈良あたりが一番親しみもあり, ロマンがあると思ったのです。

■ 歴史好き?歴史学好き?

インタビュアー: 歴史を好きな人は多いと思いますが, 研究して深めていこうとすると一段階違うものがあるように感じます。

西宮先生: 歴史小説を読んで歴史を好きになる人も多いと思います。 しかし,「歴史」ではなく「歴史学」となると,史料を読む訓練が必要です。 実は教科書も基本は史料からできています。
 本学でも史学の学生には「史書講読」などという授業があり,歴史史料を読む訓練もします。 それぞれの分野によって基本となる史料があり,それを読む訓練を1年かけてすると, 他の史料も読めるようになってきます。古代史では私は『続日本紀(しょくにほんぎ)』と 『令集解(りょうのしゅうげ)』を学生に読ませています。『続日本紀』は国史の史料で, 『令集解』は大宝律令の次の令である養老令の注釈書,つまり法制史料です。 国史と法制の史料を読む訓練をすることで,時間の流れと国家構造が分かって全体的なイメージをつかむことができますので, 律令国家がどのような国家なのかおぼろげながら分かることになります。
 そういう訓練も史学の学生はしますので,これに耐え,「面白い」と興味を持つとその時代に関心を持ち続けたり, 中には研究者に,ということになります。 江戸時代の庄屋の文書や百姓の書いた文書が面白いと思う人は近世史を選び, 中世の文書や日記が好きな人は中世史を選びます。分野によって基本となる歴史史料が違いますので, どれが自分の性に合っているか,そういうところからレポートや論文を書いて,中には専門家の道にはいって行くわけです。 私も当初,近世史をやろうと思っていたこともありましたが,どうも性に合わなくて結局古代史をやることとなりました。 個人的な環境や体験も大きな要素ですね。

■ 1300年前の井ヶ谷を遊ぶ

インタビュアー: 高校時代の歴史では史料を読む訓練はありませんよね。

西宮先生: ありませんね。ただ,高校の日本史の教科書や参考書には, 実はさりげなく史料が載せられていたりします。また,グラフィカルな写真がついてきますよね。 それを読んだり見たりするのが好きでした。史料とともに当時の服装や,都の有様や発掘の遺物が復元されています。 これらを見ると,当時はどのようなものを食べてどういう生活をしていたか,どんな境遇だったのか, どんなお祭りをしていたのだろうか,などと夢や空想が広がるのです。 2015年の世界は皆さんが普通に見ているわけですが,私なんかは1300年前の井ヶ谷を時々歩いていたりします。 たぶん昔はこういう景観で,こういう人たちが働いていて,こういう生活をしていたのだなと, そちらの世界に遊ぶことができるのです。研究して明らかになってくることによって,当時がよりクリアになってきます。 そういう遊ぶ楽しさが歴史学のもう一つの楽しみです。
 井ヶ谷古窯と附属図書館にあるその遺物も,この井ヶ谷の人たちが生産した貴重なものですから, 大事にしていきたいという気があるのです。

■ 自治体史の編纂

インタビュアー: 政権があった奈良のことだけではなく,その当時の三河のことなども研究されているのですよね。

西宮先生: 本学が西三河にあるので,自治体史への参加を要請されて研究をはじめたのです。 同じ教室の年配の先生からの紹介で,お手伝いを始めたのですが,10年ほど前に安城市の新しい自治体史を作るので協力してほしいと依頼されました。 古代中世部会長をつとめ,全10数巻のうちの古代中世編の資料編と通史編を何人かで分担して書いて,発行されています。 現在,知立市史の資料編の編纂を終えたところで,もうすぐ出ますし,豊田市史も現在,編纂を進めている最中です。 市民の方でも歴史史料が読めるためのお手伝いですし,愛知県にある大学の教員としての地域貢献だと思っています。
 余談ですが,愛知県の自治体史の特徴は「自然編」がはいっていることで,関西では「自然編」がはいることはあまりありません。 これは自然分野を大切にし,学校現場で活かしたいという方針もあるのでしょうね。

インタビュアー: 1300年前のことを研究するとなると,史料が残っていないこともあるのはないですか。

西宮先生: 『続日本紀』は中央の編纂物ですので都に近いほど情報が詳しくなります。 西三河の自治体史の編纂をするとなかなか史料がありません。しかし史料がないからといってその自治体に歴史がなかったわけではありません。 かつての自治体史は郷土史的な関心から地元から出た史料を中心に集めていました。ただそうすると古代史料はほとんどないため, ほとんど中世以降の自治体史も昔は結構ありました。
 しかし,都から全国に法律を出した場合には,全国に行き渡り,地方でもほぼ同じようなことがなされているわけですから, それも参考史料とする必要があります。また,都で出土した木簡という木の札の中にも,三河について書かれたものがあります。

■ 高校生でも読める木簡や墨書土器

 新しい資料(古代史などでは紙に書かれたものを史料,紙以外に書かれたものを資料と書き分けています)も出てきており, このような資料を含めた自治体史が新たに作られています。
 安城市域でも木簡が現在数点出てきていますし,土器に墨で字を書いた墨書土器も出てきています。 現代では,自分の持ち物にマジックなどで名前を書いたりしますよね。 マジックは何百年か経ったら恐らく消えてしまうのではないかと思いますけれども, 墨で書いたものは残ります。墨はおおむね墨の粉と膠(にかわ)を混ぜてあり,その膠質に耐久性があるため, 土の中に埋まっていても1300年経っても残っているのです。須恵器(すえき)や土師器(はじき)に書かれると染み込んだまま残り, 例えば古代の文字でなんとか「麻呂」などと名前が書かれたものが残っています。 これは恐らく自分のものとして名前を書いたのだろうと理解されています。 都の遺跡では役所の名前が書かれていたり,地方では「井」や「福」などの文字が書かれたものが出ており, 祭祀に関係があるのではないかと言われています。これらによって,当時住んでいた人がどういう意識だったか, どんな場所なのかが推定できるのです。

インタビュアー: 新しい資料が出てきたというのは,新しい発掘があったということなのですか。

西宮先生: 1961年,平城宮で発掘したときに木の札に文字を書いたものがたくさん出てきました。 それまでも出てきていたのかもしれないのですが,そのときに平城宮の発掘をしていた現場の人や発掘担当者が, 字が記されていると認識したのです。こうして最初に40点が発掘されて以来,発掘すると出土するというようになりました。 多分それまでも出てきていたのでしょうが,土の中に文字の書かれたものが存在しているとは夢にも思わなかったのでしょう。 世の中ではよくあることですが,見ていて見えていない, 認識されていなかったということです。そのつもりで探すとそれ以前にもあったということが分かってきています。

インタビュアー: 字を書ける層はその当時では限られていたのではないですか。

西宮先生: 7世紀の後半くらいから識字層が増えてくるようです。それまでは中央の都や地方でも, よほどの人でないと書けなかったのですが,奈良時代になると庶民レベルでも字を書ける人がでてきました。 墨書土器なども村落遺跡,つまり古代の村の遺跡を掘ると出てきて,はっきりと漢字が書かれています。 ただし,字数や種類はそれほど多くないと思います。 この漢字は楷書ですので1300年前のものが読めてしまいます。
 中国は簡体字になり,韓国はハングルを使うようになりましたので,漢字文化圏で昔ながらの漢字体を日常使っているのは日本くらいです。 だから今の高校生,極端に言えば小学生や中学生を発掘現場に連れて行って,木簡や墨書土器を見せても読める漢字がある, これは世界中でもめずらしいことだと思います。 むしろ平安時代,さらに中世以降になると字をくずしたりしますので,訓練しないと読めず,古代は逆に訓練がなくても読めてしまうことが多いです。 勿論,読めない字もあります。また紙に書かれた史料や長い資料は,いわゆる漢文で書かれていますが, 中には正確な漢文でないものもあります。

インタビュアー: それは一文字づつが読めても私には読めないですね。

■ メモ用紙を裏返してみると... 

インタビュアー: 当時の史料は紙なのですか。紙は貴重だったのではないですか。

西宮先生: 紙は貴重でしたが,結構生産されていました。古代,特に奈良時代は官僚制社会でしたので, 文書に書いて地方の役人に伝達されていましたから,長文の命令はおおむね紙に書かれていました。 勿論,木に書いて伝達するものもあり,木簡には色々種類がありますが, 荷札も多いです。また,習書といって書の練習の際にも木簡を使っていました。当時は当り前ですが消しゴムがありませんでした。 木簡のよいところは小刀で削って書き直せることです。
 公式の文書類は紙でした。奈良の東大寺の正倉院に伝来した正倉院文書というものがあります。活字化した書物で25冊分ありますが, 奈良時代の生(なま)の文書が残っています。これも奇跡的なもので世界で非常にめずらしい。8世紀の文書が大量に残っているというのは 奇跡に近いことです。例えば中国などは王朝交代の戦乱で火に焼けたりして残っていないものが多いです。 もっとも日本でも,平安宮は火事にあったりしています。しかし,その前に写本といって, 写された本がたまたま今に伝来されていたりもします。

インタビュアー: 正倉院にあるものも写本なのですか。

西宮先生: いいえ,写本ではなく,当時実際に使っていた公文書です。例えば高校の教科書にも出てくる戸籍や計帳などです。 何年か経ったものは廃棄になるのですが,当時は紙が貴重で捨てるのは惜しいので, 都で役割を終えた後で,それを裏返して,中にはつないだり切ったりして帳簿の代わりに使っていました。 お役所でどのようなものを買ったかなど,下書きのメモ用紙代わりに使われ,それが正倉院の中にたまたま残されていたのです。 大量に残されていたメモ用紙を,裏返してみたら当時の戸籍などの公文書だった, つまり今で言うと霞ヶ関や県庁で使っているような文書だったということです。
 正倉院は東大寺の倉なのですが,天皇の勅封といって天皇の許可がないと開けられないことになっていました。 このため,一部を除いて外に出されませんでしたし,奇跡的に災害にもあいませんでした。 有名な平家の東大寺の焼き討ちの際も,すぐ近くの正倉院はその被害を受けなかったのです。 もともと正倉院の宝物は光明皇后が聖武天皇のために東大寺に納めたものですが,約1300年タイムカプセルのように残されました。 毎年,秋の正倉院展にそれらが出品されています。
 奈良時代は奇跡的にそういうものが残っていますので,世界史の中でも当時の状況がよく分かり,研究がすすんでいます。

■ 「見えないものが見える」楽しさ 

インタビュアー: 当時を想像する楽しさの話をしていただきましたが,その他の歴史研究の面白い点を教えてください。

西宮先生: 「見えないものが見える」ということです。
 他の人には知られていないが,自分はこういうことが史料から読み取れる,という発見です。理科にも通じるものがあるかもしれませんね。 仮説をたてる先生もいますが,史料を徹底的に集めて並べたときに,その中からどういう歴史像が生まれるのかということが私には楽しいです。 例えが悪いかもしれませんが,トランプのカードがばらばらでも意味のある場合があります。1から13まで同じ絵柄できれいに並ぶと大きな意味, さらに言うとストーリーができるというようなことで,そういう面白さがあります。

インタビュアー: この分野を志す方へのアドバイスをお願いします。

西宮先生: 史料の中には面白くないものもありますが,その中から面白い情報を引き出すためには, 個人の「歴史的センス」が要求されます。ただ,センスというのは各人持っているものがあるはずで,それを発揮できるかどうかは, 日頃,どれだけ好奇心をもって周囲を見ているかによるのです。色々なところにヒントが転がっていますので, 現代人の目から見て歴史史料を組み合わせることで新しい発見ができるかもしれません。 そういうヒントは「あっ」と思ったときにためておくことが必要です。 そのためには歴史なら史料を集めていつも眺めているということも必要ですね。 考えていないとその先の展開はありません。頭の中には,勿論見たことはありませんが,人それぞれ色々な部屋があって, それが多い人も少ない人もいるでしょう。その部屋のドアが多いほうが,様々なことの発見や発展につながりやすいでしょうね。

■ 図書館を活用して思考の発展を

インタビュアー: 図書館へ一言お願いします。

西宮先生: 図書館は情報発信の場でもありますが,過去の人たちの知識の収蔵庫ですので, それを活かすのも殺すのも使う人次第だと思うのです。使う人というのは図書館員のサービスのうまさでもありますし, それが欲しいと思う学生や先生方の探究心でもあるのです。本を読みたい,物事を明らかにしたい, 研究したいという欲求がなくなると図書館は死んでしまいますが,それが有る限りは大丈夫だと思います。 ただ,最近はすぐに携帯に頼る人が増えて少し残念だなという気がします。携帯で調べると,答がすぐに出てくるのですが, 簡単に出る答というのは誰でも知っていることです。自分が知らなかったので分かったというだけです。 そのことを否定するつもりはありませんが,携帯では出てこないことの方が重要なのです。 それを時々勘違いして,全部携帯で調べられるのにどうして辞書をひくんですか, と考えている学生もいます。携帯で分かる情報以外にも多くの本や辞書があり,辞書ごとに色々な答があるのです。 辞書を2冊読むと違うことが書いてあるが,どっちが正しいのだろうか― そういうところから研究は進むのですが, 携帯で一つの答が出てきてそれで分かった,それ以上は面倒くさいと思ってしまうと,そこから発展はありません。 そこだけが心配だと思っています。図書館の本をもっと活用して自分の思考を発展させてほしいと思っています。 それともかかわる,図書館のアクティブラーニング対応は,来年度以降の大きな課題ですね。


(インタビュー・まとめ)愛知教育大学情報図書課
   電子資料担当係長 古田
(写真)  情報図書課 副課長 牧野



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